So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

レモン味のバルタン星人 [新 婚 篇]

レモン味のバルタン星人

──レモン味のバルタン星人なんだよ。

四歳の周平が教えてくれる
車はおだやかな春のみどりの尾根を
ゆっくりと下りはじめる頃

──バルタン星人のグミなんだよ。

かつてフォッフォッフォッと肩を震わせて笑った侵略者は
幼な子の指先につままれた半透明の身体に
いっとき 春のひかりをため込んでいる

それでも ましなほうなのだなきっと
グミにさえなれなかった名もない怪獣たちは
今も次第に色褪せるフィルムのなかで
六〇年代の日本をこわし続けているんだから

カラータイマーが点滅しはじめるまで
なぜウルトラマンはスペシウム光線を出さないか
あの頃ぼくらを悩ませた疑問にも
今なら別の答えを言える(あるいはね)

ハヤタの身体に閉じこめられたウルトラマン
本当の自分に戻れる三分間を
ギリギリまで楽しみたかっただけなんだ
だとしても それを誰が責められるだろう

ぼくのなかにも 本当の自分を夢見続ける
ささやかなウルトラマンがいる(ような気がするよ)
周平の横でスヤスヤと寝息をたてる
きみはきっと笑うかも知れないけれど

──ところで、周平、
  ウルトラマンは何味だった?


登校日 [新 婚 篇]

登校日

台風に散らされた
笹の葉の坂をくだって
今日は学校へ出かける日
四分の一の休みは
あっという間に過ぎてしまって
なんだか気分は暗いのに
空の青の色はやたらに濃くて
ひとみを思いきり開けない
濡れている道のひかり
濡れている世界のかがやき
(今朝しきりに鳴く短命のセミ)
取り返しのつかないことはみんな
ぼくの生まれる前に起きてしまって
なにひとつやり直せない
まだ長い休みの残りを
どんなふうに過ごせばいいのか
──せんせい、
ぼくはもう百年も前から
なにか間違った存在なんです
このことは せんせいにも
(それからたぶんお母さんにも)
わかってはもらえないんだ
せつなくて
胸がいっぱいになって
坂道をくだっていく
加速する身体の時間を
うしろから
眺めはじめている


哲学者の契約 [新 婚 篇]

哲学者の契約

王さんが監督を辞めて
アンチ巨人に鞍替えした頃
妻と出会って結婚した
やがて長島が監督に復帰して
ぼくはまた巨人ファンに戻ったが
妻は筋金入りの巨人嫌い
ひどい契約違反だと
何かにつけぼくを責めるのだ

 もっとも ぼくの契約違反は
 これに限ったわけではないけど

愛しているを死ぬまでに三億回
妻は結婚前に約束させた
三億回というのは 一分一回
朝も夜も言い続けて
およそ六百年はかかる数字だ
ぼくは迂闊にも三年後に計算してみた
そんな不可能な契約は無効だよねえ
ぼくの話を妻はあっさり一蹴した

 そのくせ 愛していると囁いても
 近頃は「うるさい」とか言われる始末だ

そんなわけでぼくもいつかは
そうだな 哲学者の末席ぐらいには
加われそうな気がするのだ

 もっとも あと六百年も
 生きられたらの話だろうけど


旅立ち前 [新 婚 篇]

旅立ち前

ぼくは船乗りになるために家を出る
それはもう確かなことだ

世界はどんなふうに創られているのだろう
本を読めと父さんは言った
空を流れる雲を見上げて
風に耳を澄ませなさい
むかし母さんは教えてくれた
言いつけを守ってきたわけじゃないけど
ぼくは少し違うと思う

いつも薄むらさきにけむるこの国
山や谷や 道や街並み
その風景のひとつひとつに
甘酸っぱい気持ちを抱くほど
ぼくはもう大人になった
それは別れが近づいているということだから

ぼくは船乗りになるために家を出る
それがいつかは言えないけれど

世界をすべて説明できる人になる
それは無茶な望みだろうか

桜の道―甲突川に寄せて― [新 婚 篇]

桜の道―甲突川に寄せて―

川沿いにのぼっていくと
あのこのむかしの家があって
土曜日の午後にはいつも
川面をわたる風に吹かれた

川べりに桜が咲きほこる頃
一度だけあのこを無理に誘った
次の朝この街を離れるぼくは
何も言えずこの道を
ただ海に向かって歩いた

 桜の花が散ってた
 静かな川の流れに
 煙をあげる島の影が
 海の向こうに霞んでた

街のなかを流れる川
次第に姿を変えていって
変わらない桜の下を
学生たちが今も行き交う

あの橋の上から手を振っていた
きみに似た眼差し 若い母親
せせらぎをかすめて飛ぶ鳥の影を
細い指で教えていた
その声が聞こえた気がした

 桜の花が舞ってた
 その橋も今はもうない
 たゆむことない時の流れ
 ぼくはこの街に帰った

やがて架かる新しい橋の上にも
いつもきっと手を振る娘らがいる
学生服の詰め襟 少しゆるめて
春の風に吹かれながら
少年たちがほら 歩いてく

 桜の花が散ってる
 静かな川の流れに
 煙をあげる島の影が
 海の向こうに霞んでる

ビスケットの日 [新 婚 篇]

ビスケットの日

ビスケットの日のことを
むかし教えてくれた娘がいて
その日が何日だったのかも
そのこの顔さえも
もう忘れてしまったのだけど
あゝそんな日があるんだなぁと
思ったことだけを憶えている

大学の古い西門を抜けて
細くうねる筋を抜けた
四つ辻の角にある珈琲店「甍」
その窓際の席で本を読んだり
出入りする友達たちと
あいさつを交わしながら
ぼくは徒らに日々を過ごしていた

「今日はビスケットの日だぞ」
店の隅に吊されていた
仲間たちの連絡ノートに
男っぽい字でそのこは書いた
はじめてのデートの帰り
ぼくらは次の映画の約束をして
ビスケットの小さな包みを買った

モラトリアムという語感ほど
気楽ではなかったけれど
不安より未来を信じていた
その日が何日だったのか
その後誰に尋ねることもないまま
ぼくは今もときどき
子供のためにビスケットを買う

夕焼け [新 婚 篇]

夕焼け

 川面に夕焼けが映っている
 茜色のちぎれ雲が揺れている
 名もない小さな橋の下で

王様は夕焼けが好きだった
もちろん嫌いな人もいるのだろうけど
そんな人を思いつくことができなかったので
とりあえず報われた気持ちになれたから

サムライは夕焼けが嫌いじゃなかった
ただ穏やかな気持ちにひたるのは禁じていた
守るために殺した隣国の兵士のことを
いつまでも忘れてしまいたくはなかったから

うつむいて橋を渡るひと達の
幾人かが気づいて顔を上げる
西空は一面の茜雲

商人は夕焼けはどうでも良かった
昨日ひと財産を失くしてしまったので
明日ひと財産を築くかも知れないけれど
とりあえず今夜のパンはなかったから

サラリーマンは夕焼けが嫌いだった
いろんな悔しさや苛立ちが混ざり合うから
けれど王様の気持ちなど考えたことはなかったので
そのことで腹を立てたりはしなかった

名もない橋の小さな撓みを
昇り降りればはじまる夕闇
背中にかすかな茜色

羊飼いの歌 [新 婚 篇]

羊飼いの歌

春になるといちめんの
れんげ畑を駈けまわり
海を見おろす丘に登って
緑の草に寝ころんだ
海と空の溶け合うあたりに
ぼくらの未来は揺れていた

そんな豊かな時間をぼくらは
きみらに与えてこれただろうか
眠れない夜もときにはあるね
そんな夜は羊たちを連れて
きみらのまどろみへ出かけよう

一・十・百と数えてごらん
足りなかったら呼び集めて
列の後ろに並ばせるから
何度でも何度でも
きみらが眠りに落ちるまで

子どもたちの安らかな夢のための
羊飼いにぼくらはなろう




秋になると満天の
星降る空を見上げてた
そこにはステキな世界があって
必ず行けると信じてた
たわいのない夢だけ見ていた
それだけでとても楽しかった

そんなつたない夢のありかを
ぼくらは伝えてこれただろうか
かなわない夢も少なくはない
つらい夜は羊たちを連れて
きみらのまどろみへ出かけよう

一・十・百と数えてごらん
羊の数は数えられても
数え切れない夢の重さに
つぶされてしまわぬよう
きみらの夢を守りたい

子どもたちの安らかな夢のための
羊飼いにぼくらはなろう




夢をうばう見えないものと
たたかっていけるだろうか
なによりも
ぼくらはぼくら自身のために

子どもたちの安らかな夢のための
羊飼いにぼくらはなろう

西銀座午後六時 [新 婚 篇]

西銀座午後六時

仕事など嫌いだと思ってきた
問われればそのまま答えてきた
有楽町マリオンの丸時計
いつからだろう ぼくの時間は
後ろ手に飛び出す玩具を隠して
どきどきしている子供のようには
もう流れてはくれないみたいだ
翻るスカートの裾を押さえて
ふりかえる花色の少女たち
西の空がかすかに染まる
見上げる娘らの頬も染まる
西銀座午後六時
〈そのとき〉を逃さぬように
ひたすらに見つめ続けた
天駈ける茜色の首都高速よ
助手席にバイトのぼくを乗せた
十五年前の軽トラック
いつもこのくらいの時刻になると
繰り返し数百の夕陽に飛び込み続けた
夕陽焼けした瞳をこらして
ぼくはたったひとりで
世界中の女を愛せる気だった

草原2 [新 婚 篇]

草原

眠りながら 笑い出したり
不意に泣いて目覚めることもあるから
赤ん坊も夢を見ているということか
良い方の夢は 察しがつく
やわらかな子宮の時間 母親の
心音に満たされた 永い薄明だ
悪い方の夢は たとえば
突然に強制された肺呼吸
目をくらませるまぶしいひかり
だろうか? オギャア…と泣いて
なってこった 悪夢のなかに
生まれ落ちたなんて!
悪夢のなかにも
美しい草原のあることを
きみが知るのは まだ
何年も何年もあとのこと
なだらかな斜面は海に切り落ち
幾重もの青が
水平線まで続いている
陽を浴びて…
ぼくらの永遠の何分の一
羊たちの食む草々の
淡いぬくみ

前の10件 | -
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。